桐野夏生氏の 「out 」読んで
桐野夏生さんの作品を読破した。「out」上下巻。こわごわと読み始めたのだが、それほど怖くはなかった。
読ませる力があるのだ。読み進めずにはいられなくなる圧倒的筆力に感嘆した。
弁当工場に夜と朝の間に働く、主人公雅子という女性。
同じ工場で同じ時間帯に働く、雅子を入れて四人の女の仲間たち。それぞれが問題を抱えながら生きている。生きしのいでいると言ったらよいのか。
ギリギリで生きている女たちなのだ。
私も同じだと思った。誰もが、そして貧しければ、夜間に弁当を作る工場で働くという選択肢はあるのだ。いや、それしかない。働いて得る時給が昼よりも僅かばかり高いという理由でだ。
そして始まる仲間たち女四人の逸脱,「out」。
それは仲間のうちの一人の、夫の殺害から始まった。
読み終えて、この日本社会には、底辺で生きている貧しい人々が居るのだと気つ‘‘かさせる。それは、決して少なくはないに違いない。
そして、この作品は、女性たちの持つ、怒り、憎しみ、悲しさをあぶりだしている。
社会に、そして、男たちに対する怒り。
鬱屈した憎しみ。
桐野さんの別の作品である「グロテスク」をだいぶ前に読んでいる。
東電エリートOLでありながらも、同時に夜間に客をとる娼婦をしている、最後には客の男に殺されてしまったという、実際にあった事件の女性について小説に仕上げている作品である。
興味を惹かれて読んだのを覚えている。この時は、何故?と思った。何故、街娼などするんだろうか?エリートなのにどうして?と。
「out」を読んで解った。この日本の(世界にも通つ‘‘るのか?)男性社会における女性たちの生き辛さ、行き場のない、鬱屈した怒り、憎しみという感情について。